『夜はやさし』 Interview & Text by Koichi "WATACO" Watanabe (CONTRAST/Cleave/TOMATO STEAL)
2015/10/3 at HILL VALLEY STUDIO

アンタイルがあたしのひいきよ。アンタイルとジョイスがね。でもうちの主人はね、アメリカで発表された『ユリシーズ』の批評をはじめて書いたのよ。 --第二部 ローズマリーの視角 1919年~1925年

新作が12/9に発売ということですが、何年ぶりになるんでしょうか?

上杉 前作のミニアルバム『Ulysees』が2009年なので。6年ぶりですかね。

途中で7inchのリリースを挟んできましたが、曲作りはコンスタントに行なっていたんでしょうか?

上杉 ずっと曲作りをしてました。

ライブしながら曲作りを。

上杉 本当は2011年の後半は休んで曲作りして、2012年に3枚の7inchを1ヶ月に1枚ずつコンスタントに出そうと言っていたんだけど、結果1年に1枚とペースがゆっくりになってしまって、今に至ると。

山口(ひ) だけど、練習に入っている時はほぼ曲作りしてたね。

スタジオにはどれくらいのペースで入るんですか?

望月 週1かな。真面目にやってました。

上杉 最近は5人全員が集まるって難しくて。5人集まれなくても最低3人でやろうっていうことにしていて、厳格に決めてるわけじゃないけど、わりと週1ですね。

望月 週1で3時間くらい入ってたかな。

スタジオでの曲作りはどんな方法なんですか?

望月 各々がアイデア持ってきて。

上杉 大体ヤマちゃん(山口ひ)とおっくん(奥)が、今のメインソングライターで。

曲の全体を作って持ってきちゃうんですか?

山口(ひ) そうだね、今はパソコンで大体作っちゃう。

上杉 多分、ここ数年で僕らの進化がどこにあったかっていうと、そこなんですよね。

山口(ひ) うん、パソコンだね(笑)。

パソコンを使う前は、みんなでパーツを組み合わせてたんですか?

山口(よ) そう。ここまでできているから、3リフぐらいつなげて、このあとは次のスタジオまでに考えてこようっていう。

上杉 進化があったっていうと、宇宙さん(望月)がナーバス(nervous light of sunday)をやったりして、違うドラムを覚えたのもあるかな。

バリエーションが増えたっていうことですね。

望月 まだそんなに覚えたドラムが出てきてはいないけど(笑)。対応できる幅がちょっと広がったかなと。

山口(ひ) 宇宙さんのドラムが広がったのは、おっくんが打ち込んでくるドラムもあるかもね。普段宇宙さんが叩かないようなリズムを持ってくるから。

望月 おっくんのデモ曲は、作り込みがすごくて。まずドラムをコピーするところからはじめるの。「練習しろ」って言われてるみたい(笑)。こんなにバスドラ踏めないよ!みたいな。

今回の10曲は全て、ヤマさんとおっくんが作ったんですか?

 1曲だけ上杉さんだね。

上杉 僕が作ったのは、昔出したFACTとかが入ったスプリットの曲をちょっと変えたやつで。「This Is The World」ですね。

ちなみに収録曲は10曲ですけど、作った曲はもっと沢山あるんですか?

望月 7inchの曲で撮り直したやつあるけど、アルバムをレコーディングしようってなってみて、できていたのが10曲なんじゃないかな。

上杉 最初、よっしーくん(山口よ)は12曲で録ろうって高みを目指そうとしてたけど、結果的にレコーディングの時点で完成度の高い10曲を録った感じですね。実際まだネタはあるんだけど。

なるほど。ソングライターの2人が持ってきた曲を他の3人が聴いてみて、徐々にブラッシュアップしていくんですか?

山口(よ) 結構納得しちゃうんだよね。持ってきた曲そのままでで。「あ、かっこいい」って(笑)。

山口(ひ) でも俺の方から「ここいいのないかな?」って聞くのはあるけどね。

で、オケができ上がって、上杉さんがヴォーカルをのせていくという流れ。

上杉 そうそう。まさに。

オケに関しては、基本的にヤマさんとおっくんなんですね。

山口(よ) うん。半々くらいじゃないかな。各々の雰囲気が出てるって俺らはわかるんだけど、聴いてみてわかってもらえたら面白いね。これはおっくんっぽい曲とか、これはヤマさんっぽい曲だなって。

上杉 最近のヤマちゃんはね、昔の曲を踏襲しながら今の雰囲気を入れるっていうのに挑戦してるんだよね。それがすごいなって思うところで。結構古いフォーマットに乗せながら、新しいことをやるっていうのは難しいことだから。

それについて、おっくんにもヤマさんにも聞きたいんですけど、新しい音楽をずっと掘って聴いているから、そういう意識になれるんですかね?

 んー、逆に言うと掘ってないかもしれないですね。

山口(ひ) ENDZWECKの古い曲を聴き直しているうちに、改めてその良さもわかってきて。それを今のうちらがアレンジしたらどうなるかなっていう感覚でやってるんだよね。だから、ENDZWECK節を意識しながら、それを今風にしてみたりとか考える。

では、最近の音楽はあまり聴かない?

山口(ひ) 俺は全然違うジャンルにいっちゃってるからね。

違うジャンルってどんなものですか?

山口(ひ) トラップ系とか、Moombahtonなんかの打ち込み系。とはいえ、そこからENDZWECKへの影響は全然ないからね。

上杉 多分、ハードコアを掘ってるのは、曲作らない3人の方で(笑)。

一同 (笑)。

あ、そうなんですね(笑)。おっくんは?

 僕は止まってますもん。

音楽に対して?

 んー、確かに音楽に対して止まってるかもしれないですね。僕は前に好きだったバンドしか聞いてないですね。ずっと。

上杉 僕らが新しいものをBandcampで聴いて「これ、おっくん好きそうだな」って思ったらおっくんに流したりしますよ。Midnight Soulsとか。でも、おっくんあんまり興味なさそうなんだよ(笑)。

山口(ひ) だから、新しいのを掘ってそこに影響されているっていうよりは、俺はPlanes Mistaken For Starsとか、Engine Downを聴き直したっていう感じかな。

ああ、確かにEngine Down感はありますね。

上杉 今は逆に新しいっていうのはあるよね。両方とも再評価は進んでいるバンドだから。

もともと影響を受けたバンドで、いまだにこれは聴いてるな、やっぱりこれは忘れられないなっていうのはありますか?

 そういうのしか聴いてないな。Refusedとか。UNBROKENが来日した時に一緒にやれたのは、やっぱり大きかったですね。As Friends Rustもそうだし。

上杉 結局そういう方が手に取りやすいよね。HIS HIRO IS GONEとか、つい聴いちゃわない?

望月 聴いちゃうね。

よっしーさんは?

山口(よ) 僕はCHAIN OF STRENGTHかな。ずっとだけど。レジェンドだね。この前ヤマさんがSTAND UNITEDでRAINFESTに行って一緒になってたのが本当にうらやましい。  

上杉 言われてみれば、僕もウォルター(Walter Schreifels/Gorilla Biscuitsのギター)を追いかけ続けてるからね。Rival Schoolsとか。まあ、あれは最近といえば最近だけど。こないだ一緒にやった時、ほとんど一緒に歌えたもん。多分あの日、僕が一番喜んでたと思うんですよね(笑)。

望月 気合入りすぎてベース買っちゃったもんね。

山口(ひ) (笑)。そのために買ったの? SOBUT用じゃなくて?

上杉 ウォルターが決まったタイミングでベース買おうって思ったから。その前からプレベほしいなっていうのがあったんだけど、別に僕ヴォーカルだし、プレベ弾かないから(笑)。

ヤマさんはどうですか?

山口(ひ) 俺はどうだろうな、BOLDとかのオールドスクールが基本好きだから。でも最近はあまり聴かないかな。レコーディングのために少しは聴いたけど。

山口(よ) ENDZWECKの曲作りにBOLD聴くの?(笑)

一同 (笑)

山口(ひ) 久しぶりに聴くと、やっぱりかっこいいなっていうことで。

自分が熱かった時に聴いた音楽っていうのは染み付いてるんですかね。

上杉 でも僕、最近のも聴いてるけどね。Hierophantとかかな。あとNOISEMとかそこらへん。

上杉さんはTOKYO UNLEARNEDのPodcastをやっているのも大きいんですかね?

上杉 実は、ENDZWECKはコンスタントに活動してたけど、僕の中で2004年にGOODLIFEからリリースしたところで一区切りついちゃってて。ライブとか楽しいし、バンドとかも好きなんだけど、そこで音楽を聴くのが止まっちゃったんです。

山口(ひ) 買わなくなったよね。

上杉 達成しちゃった感じがあって。でも、最近90’sリバイバルのEMOが盛り上がったじゃないですか。その90’sリバイバルのEMOがすごくいいなって思ってから、またいろいろ聴くようになってきて。

山口(よ) 確かに最近は色々掘ってて、また聴きはじめてるんだなっていうのは思いましたね。

上杉 うん、だから2011年の活動停止した頃からちゃんと音楽を聴きはじめたっていうか。でも僕曲作ってないんで(笑)。

達成しちゃってバンドへの気持ちが落ちたっていうわけではないんですよね? 単純に聴くって行為が止まってしまったという。

上杉 そう。聴くっていうことに飽きちゃって。その頃、大学院とかも行ってて忙しかったっていうのもあるし、切り替える時期だったのかもしれないですね。

その時ってENDZWECK結成して何年くらいでしたか? 今はちなみに何年なんですか?

山口(ひ) 今は結成18年じゃない多分?

上杉 初めてライブやったのが1998年8月6日だね。覚えてる。

そこから6年ちょっとで達成感を。

上杉 GOODLIFEの時はもう頂天。そこで僕の才能は枯渇したと思って(笑)。その時点まではむしろ僕がほとんど曲を作ってたんです。バンドとしての色付けもそこで終わって、どうやってバンドを発展させていくかっていうふうに変わっていったのかなと。バンドの一貫性っていうのはそこまでで担保されていたから、後はどんなに自由にやってても「ENDZWECKってこういうものだよね」っていうイメージ作りができていたんじゃないかな。それからは広げていくのが重要で、その役割はヤマちゃんとかおっくんが得意だし。そこを受け持ってもらった方がいいなっていう思いもあるし、あとは歌詞をもうちょっと深めたいっていう考えがあったから、そっちに集中するようになりましたね。

自分の仕事に注力するようになったというか。

上杉 うん。そこからバンド自体も各々の仕事が決まってきた感じはあって。おっくんとヤマちゃんは曲作りに注力をして、宇宙さんはバンドの顔っていう感じでイベントもやっていったり。よっしーくんは経理的な部分を受け持つっていう。

組織的になったっていうことですね。

上杉 みんなちゃんと自分の責任を持っているっていうのが今の状態。

過去を投げ出し、過ぐる六年間の努力を投げ出してはじめて、威厳は自分のものとなるのだ。 --第三部 不慮の災厄 1925年

そのバンドで担っている役割が、自分の仕事であったりプライベートに活きてくるなって思うことってありますか?

山口(ひ) ああ、この縮図がどこでも活かせるっていうのはあるかもね。

組織的であることをメンバーの皆さんが意識しているんですかね? 例えば、ENDZWECKのリーダーは決まっているんでしょうか?

山口(ひ) それは間違いなく、モアイくん(上杉)かな(笑)。

一同 (笑)

上杉 とは言え、バンドや、一般的な組織でやることって2つぐらいで、”意思決定すること”と”実行すること”しかないと思うんですね。逆にこの2つができないと一切組織は動かないんだけど。意思決定にスケジューリングっていうのも含まれてて、宇宙さんだったらライブのスケジューリングとか、企画をやるとか、僕だったら、僕のところに来たライブのお誘いのスケジューリングとか、練習スタジオを取るとか。だから、その時にしっかりと面倒臭がらず、システマチックにできるか考えたりしますね。みんなにメール送って「◯日後までにメール返してください」ってケツ決める(笑)。毎回適当にやっちゃうと面倒になっちゃうけど、毎月何日までにやろうって決めて自分の中でシステム化しちゃえば、動くのは簡単なんですよ。

なるほど。

上杉 こういうやり方は仕事でも活かせると思いますね。大事なのは「いつまでに何をしてね」っていう頼み方をすることで。基本的に期限がないものは実行されないと思ってます。芸術作品は特になんでしょうけど、練り続けたらいつまでも練り続けられるんですよね。ある程度の期限を決めて、結論づけるタイミングを作らないと完成しない。これENDZWECKの共通認識なんですけど、「最高のものは作れない」って。もちろん最高のものを作る努力はしているんですけど、それは不可能だよね、って。ある程度未完でも、コンスタントに出していくのが重要だっていう認識があるんです。

たとえ未完だとしてもリリースして、それからライブで育てていくっていうことでしょうか? ライブで演奏しながら曲に対する意識も変わってくるというような。

山口(ひ) 確かにライブをやってみないとわからないしね。どの曲がお客さん盛り上がるかって。

山口(よ) スタジオでは興奮するけどライブだとあんまりっていうのもあるし、スタジオでは微妙でもライブでやったらすごく良いっていうのもあったりする。やっぱりライブでやりたいよね。

山口(ひ) ってことは、”楽曲がお客さんに育てられてる”っていうことだよね。ライブの盛り上がりによってセットリストも変わってきたりするし。

ENDZWECKにとって、やはりライブが活動の中心になるんでしょうか。音源を重視するバンドもいれば、ライブを重視するバンドもいて、各々のバランスがあると思うんですけど。

上杉 いやー、レコーディングはずっと辛かったし。

望月 うん。それでいったらライブだと思うけどね。

ちなみに、ライブ中にその場でフレーズを変えたりするバンドもいると思います。例えば、ギタリストが急に新しいオブリガートを入れてみるとか、ベースが違うことやるとか、ドラムが違うフィル入れるとか、そういうのもあったりするのでしょうか?

山口(ひ) 逆に、あると思う?

一同 (笑)。

上杉 でも、ヤマちゃんたまに変えたりするよね?「Destination」とか。

山口(ひ) あ、それは再録で少し変えたりしてるかもね。ほんのちょっとだけね(笑)。低い方のEを高い方のEにしてるだけだけど。

では、レコーディングした時の曲を、ライブでより良く演奏するというか、楽しく演奏するというか。

上杉 ある意味でエモく演奏していると思うんだよね。その時のノリでやっているっていうか、曲をそのまま正確にやるっていうスタイルではないし、雰囲気重視というか、その場その場で。

その時のライブの雰囲気と気持ちで。

上杉 うん、ただ宇宙さんが突っ走りすぎてる時はちょっと落としてって言ったり(笑)。

望月 んー、緊張すると速くなるんだよね(笑)。

ライブを観ていて、曲を聴いて欲しいか、熱を感じて欲しいか、どちらが強いかと言うと後者なのでしょうか?

上杉 僕は”熱”か”曲”で言ったら、熱かな。

山口(ひ) でも、ライブのイベント内容によってリストを変えるじゃない。今日は聴かせる系でいこうか、とか。両方あるんだろうね。

上杉 昔は100%に近いくらいで熱を意識してたよね。それから考えると、かなり曲に寄ってきてると思うんですよ。

山口(ひ) 熱7:曲3くらいで。まあ、曲によっても変わる気がするんですよね。

上杉 やっぱり普段来てくれる人には聴かせるような新しい曲を入れていくライブをしてて、フェスになった時は長年やっている曲、ある意味みんなが聴きたい曲をやるように意識していますけど。歴史が長くなってしまったからそうせざるをえないっていうこともあると思うし。

山口(ひ) どうなんだろう、熱よりも曲を聴きたいってどういう人なんだろうな。暴れるわけでもないし。

上杉 でも多分、フロアの後ろにいる人で曲を好きな人もいるはずなんだよね。

 心の奥底でうおーってなってる人が絶対いると思うんだよね。腕組みしたりしてる人も相手にしなきゃいけないじゃないですか。相手にしなきゃいけない、ってなんかイヤイヤやってるっぽいけど(笑)。

一同 (笑)。

上杉 その人たちも聴いてくれてるって考えないとダメでしょうって思ってるんですよね。

ライブの時は結構お客さんのことを考えるんですね。昔の印象だと、お客さんのことは二の次と言うか、とにかく個人的な感情に任せてダーってやって、グシャーってやって去っていく、という感じがあったと思うんですけど、最近はお金払って観てもらっているっていう意識が強いんでしょうか?

望月 2010年くらいに「曲をしっかり演奏するようなライブをやりたい」でみんなに話したんだよね。新宿LOFTかなにかで。

山口(ひ) あーっ、「KEEP ON SMILING」の日だ。蕎麦屋に行ったよね。ライブの前に話したんだよ。

上杉 お客さんというか、来ている人に向けての演奏も考えていこうって結論になったんだよね。その時僕は、フィードバックループができてないからなんじゃないのって言ってて。自分らのライブをビデオで撮って自分たちで見直すっていうことが必要なんじゃないのって。まあ、それは大体3ヶ月しない間にできなくなったけど(笑)、フィードバックする意識だけが残った。でも、確かにその辺りからバンドの方針に変化があって。

山口(よ) 確かに変わったかも。

上杉 実際、僕は宇宙さんからその意見を聞いた時に「うるせえな」と思ったけどね。当時言わなかったけど「宇宙さんには言われたくねえよ」って(笑)。

望月 俺か(笑)。

上杉 「宇宙さん、だったらテンポ一定にしてくれよ」って思ったけどね。当時の宇宙さんは、”気持ちをぶつける”っていうのを一番強く思ってライブをやってると思ってたから、突然路線変更を伝えられても、やっぱり「うるせえよ!」って思っちゃうよね(笑)。でも、そういう考えは納得できたし、正論だと思ったので、意識が変わったかもしれない。

望月 自分の中で葛藤があったんだろうな。自分のドラムがハシってるのはわかった上で、それでもみんなに俺に合わせてもらいたいなって、そういうライブをしてていきたいなっていう希望はあったかな。

山口(ひ) 昔は各々が「自分に合わせて欲しい」って考えてた気がするけど、確かになくなってきた。テンポを抑えてって言うのをやめたし、「抑えて」って言うとノリも悪くなっちゃうからやめた方がいいって話したよね。そういうライブをやりながら、見せ方が上手いバンドも出てきて、宇宙さんがそういうところの影響を受けたのはあるんじゃないかな。

望月 あと、そもそもはワンマンもあるんじゃないかな。

山口(よ) 結構古い話まできましたね。

望月 2005年のあの時は結構プレッシャーあったよ。

上杉 宇宙さんプレッシャー感じやすいよね。

望月 そうだね。それでテンポも速くなっちゃうんだよね。

宇宙さんとは一番話す機会が多いですが、ENDZWECKについて苦悩しているような印象があったんですよね。苦悩っていうと言葉違うかな。

山口(よ) よく考えてるっていうことだよね。それはわかりますね。

望月 どうなんだろうね。

でも、最近はそれが抜けた気がするんですよ。迷いがなくなったというか。

山口(よ) 宇宙さんはもっと「ENDZWECKをこうしたい」っていうのがあったんですよ。ライブの本数に対してとか、ツアーに対しても、音源に対しても、それができたところとできないところとあって。理想と現実の壁だよね。そこを、諦めたって言ったら変だけど。

望月 多分ね、人のせいにしていたんだろうね。自分が下手とかそういうんじゃなくて、みんな上手いんだから俺に合わせてよ、とか。人に求めるっていうのが多かったっていうか。大人になったんだろうね、きっと。迷いが抜けたっていうのはそういうことなんだろうなと思うけど。

上杉 その頃ってメンバーみんなのライフイベントが多かったんじゃないかな。結婚したり、仕事変えたりっていうのはあったのかもしれないよね。

今のENDZWECKのバンドとしての空気感はとても良くなっている気がするんです。

山口(ひ) そういう視点で見てたんだね。プロデューサーみたい(笑)。でも良くなってる気がするよ。

上杉 当時はいろんな過渡期だったことは間違いなくて、よっしーくんに子供が生まれたりして、練習とかも全然入れなくなるんじゃないかって恐れもあった中、結果5人集まらなくても練習はやるとか、妥協点を見つけていったら続けられてる。変化があると、恐れが出るじゃないですか。その変化がストレスになりやすかった時期だったのかもしれないですね。

山口(ひ) バンドの固定観念を捨てていった感じですよね。

 練習なんて、2人だけの時もありましたもんね(笑)。

望月 3人で練習って言ったら、3人で曲を合わせてるように思うかもしれないけど、3人が3人別々にパソコンに向かってるっていう(笑)。みんなヘッドフォンして(笑)。

上杉 塾みたいなもんで、時間を作っちゃうっていうのが大切で。

山口(ひ) 「家でやってこい」って言ってもやんないからね。1回スタジオ代が無駄だから家でやろうってなったけど、2回ぐらいでダレちゃって。

上杉 リスクっていうかコストをかけないと、リターンはないんだなって。その代わり、練習来れなかった人には悪いけど、練習代はバンド費からも補助してもらう形にして。

思いがけないところまで及ぶ彼らのデリカシー ----第二部 ローズマリーの視角 1919年~1925年

今作はレコーディング方法を工夫したと聞きました。オケは一発録りなんですよね。

望月 うん。4人全員で一緒に録ったね。

それは元々の希望だったんですか? レコーディング・エンジニアの山中(山中大平、Attic Studio/Cleave)と話して決めたんですか?

上杉 一発録りに関しては宇宙さんからやりたいって言われて。普段山中はそういうやり方でレコーディングやってないから、そのために僕は山中と何度も打ち合わせをしておいて、そのあとおっくんとかヤマちゃんも来て、最後は当日に諸々調整して敢行しました。

アルバムの10曲は何日で録ったんですか?

上杉 3日ですね。

山口(ひ) とりあえず一発録りでギター2人も一緒に録っちゃって、あとから少しギターを重ねていったよ。

上杉 そのあと諸々入れて、レコーディング全体で11日間くらいになったのかな。

望月 ただ、今回のレコーディング前には、モアイくんがレコーディング・エンジニアでプリプロをやったんだよね。駒沢大学のNOAHとかリハスタ使って。

上杉 そう。みんな時間ないからプリプロは各人バラバラで録って。とりあえずドラムだけ宇宙さんと録っておけば、あとは場所を選ばずギターもベースも重ねられるからね。ライブのあとにおっくんと二人で録ったりしたな。

 なんなら代わりにベースも弾きましたからね(笑)。

ちなみに、作品作りにあたって、プリプロって今までにやられたことはあるんですか?

山口(ひ)ないです。4~5年くらい前までプリプロっていう言葉自体知らなかったし(笑)。

プリプロにはどのくらいの期間を費やしたんでしょうか?

山口(よ) 3枚目の7inchシングルを出した後に、ほとんどの曲ができた段階からだったよね。

山口(ひ) うん、そこからプリプロはじめて、追加で1曲2曲作って、録った音をみんなで聴いてしっかり固めてから本番みたいな感じ。半年くらいかけたかな。

上杉 プリプロの音を聴きながら、もうちょっとテンポはゆっくりがいいんじゃないかとか、ギターの雰囲気をこういう風にしたほうがいいんじゃないかとか話して、曲を詰めていったね。

 それをやったおかげで、本番を録る時のイメージができたし、どういうふうにギターを重ねるとかスムーズになったと思うな。

曲のクオリティも上がったし、レコーディングもスムーズになったし。良いことづくめだったんですね。

上杉 実は、7inchを録っている時から色々と実験はしていて。クリックありで録ってみたり、クリックなしで録ってみたりとか、トリガーを使ってみたり、使わなかったりとか、7inchを買ってくれた人はわかってくれると思うんですけど。

今回の一発録りはクリックなしで、全員で「せえの」って録っているですよね。確かにキメとロールで少しテンポが変わったり、ノリが重視されているのを感じます。生々しいですよね。

上杉 そう。最近のバンドはドラムを打ち込みで済ませちゃったり、そういう方式でやるのが流行っちゃってるから、僕らが作品を残すとしたら、きっとそれとは逆の方向だと思って。あと、おっくんがよく言ってたけど、UNBROKENの時の雰囲気っていいよねっていうことを話してたよね。

UNBROKENの雰囲気と言うと?

上杉 UNBROKENってあまりカッチリした演奏じゃなくて、曲の雰囲気を重視した演奏をする。そういう境地まで達したらいいよねっていう。演奏はルーズだったとしても。

 だから今の流行とは逆行してますよね。打ち込みでドラム切って貼ってタイトな感じにするんじゃなくて、ルーズ感が出るといいよねって。手癖とかも出したくて。

なるほど。それを狙った一発録りだったんですね。そして、ミックス・エンジニアはジャック(Jack Shirly、ATOMIC GARDEN STUDIO)。元COMADREのメンバーですよね。これは最初から決めてたんですか?

望月 うん、決めてた。レコーディングを山中にお願いしたのもジャックと仲良いとか、英語喋れるっていうのも大きな要因だし。

上杉 宇宙さんがずっとジャックで録りたいって言ってて。妥協案ではあるかもしれないけど、生活的にもコスト的にも日本で録るのが一番いいっていうことがわかってるから。

理想を言えばアメリカに行って、ジャックに録ってもらうのがベストだったんですね。

山口(ひ) ジャックに日本へ来てもらうっていう話もあったよね。

上杉 山中が関わるレコーディングでもよくやってるけど、日本で録って、ミックスを海外に送るっていうのは結構例があるじゃないですか。実際に上手くいくかはわからないけれど、海外に行くよりは安全なところをとって、そういう風にやろうってことになった。でも録りはじめてみたら、山中は本当に良くて。

望月 あとドラム・テックのM.N.B.ね。あのコンビ、本当に最高だった。

上杉 宇宙さんが「もうダメだ」ってなった時の山中が本当に最高だったんだよね(笑)。曲の中でロールができないところがあったんだけど、山中が入ってきて「こうなんですよ!こうなんですよ!」って熱心に言ってて。だけど宇宙さんが「できないよ!」って(笑)。

山口(ひ) このシーンじゃない?(その時の様子を携帯で撮影した動画を見せる)

~~~~動画内の望月 「こんなのできない!!!」~~~~

一同 (笑)。

山口(ひ) この後に山中が入ってきて、テクニックとかじゃなく擬音で「ここのパートは、パーンと来てドーンなんですよ!」みたいに長嶋的な教え方してて。そしたら宇宙さん、できたんだよね。それで山中すげえなと思って。松岡修造超えたよね(笑)。来年40歳になる人間が「こんなのできない!」って言ってるのに(笑)。

望月 プリプロは別のフレーズだったんだよね。テンポ速いし、できないでしょこんなのって思って。何回やってもできないから、早めに言ったほうがいいかなって思って「こんなの無理!」って(笑)。

山口(ひ) 山中からすれば「そんなこと言われたってしょうがないじゃん」って感じだよね(笑)。

上杉 熱心に教えてるの見て、「うわー、山中カッコいいな」って思ったもん。

じゃあ、ある意味レコーディングは良い雰囲気で進んだんですね。そこからジャックにどのくらいの期間をかけてミックスをお願いしたんですか?

 録った素材と一緒に、上杉さんと山中が「何分何秒でこうして欲しい」ってテキストを送って、2回くらいやり取りしたかな。

上杉 いや、実はその間もっともっとやりとりしてました(笑)。みんなのやりとりと別に、山中の力も借りつつジャックとのやりとりはできるだけ密にやってました。すごい疲れたもん、あの頃。思い出したくないくらい疲れた。

ミックスは基本的に上杉さんがやり取りされてたんですね。

上杉 そうね。山中を挟んで。やっぱり同じ英語でも音楽用語って全然わからなくて。音楽用語でもまともな音楽用語じゃないようなスラングがいっぱいあったんですよね。”Gang Vocal”っていう言葉があったんだけど、みんなで歌ったりすることで、つまりシンガロングなんだけど、普通はそんな言葉知らないじゃない。さらに、山中はレコーディングしててトラック番号がわかってるから、「トラックいくつのGang Vocal下げ気味で」とかコミュニケーションの精密さを保ってた。ちょっと見直しましたね(笑)。

そのやり取りの中にメンバー全員の要望も含めつつ進めたんですね。

上杉 そう。全部で3回やり取りをしようっていうガイドラインが最初にあって、その中で進めました。ジャックがミックスを上げてくれたらメンバーに音を投げて、「いつまでに聴いて注文ください」って頼んで、注文が戻ってきたら、英語に翻訳して今度はジャックに投げて「いつまでにミックスしてください」ってやり取りを続けました。

それは確かに大変ですし、疲れそうですね…。ミックスが仕上がった後はマスタリングですが、マスタリング・エンジニアはBradさん。

上杉 これは僕がやりたかったんですけど、From Ashes Riseっていうバンドの人。最近のDeathwishとか、A389の作品が多いですね。最近だとEpitaphから出たDefeaterとかのマスタリングをやってる人なんですけど。

やっぱり他のマスタリング・エンジニアとは違う感じがありましたか?

上杉 好きなバンドの人がやってくれたっていうのが、僕としては満足感があって。やっぱりアルバムを作るのって、自分の中に一つストーリーがないと難しくて。制作にかなりエネルギーを消耗するから気持ちが盛り上がらないとダメ。そういう意味ではジャックとブラッドと山中、あと、ゲストヴォーカルも含め、今までのENDZWECKの活動を通して関係してきた人たちに集まってもらって、みんなで作れたのはすごく感慨深いです。

ゲストヴォーカルの話が出ましたが、今回の人選の基準はあるんでしょうか?

山口(ひ) ゲストヴォーカルはモアイくんとよっしーがメインで決めてたよね。頼みたい人はもっといたんだろうけど、いろいろ精査して。

上杉 頼みたい人の候補は先にみんなで出していって、その人がレコーディングする曲に合うのか踏まえて、頼んでいったんです。

山口(よ) 車の中でプリプロをずっと聴きながら、ここはこの人にしたいんだけどっていうのを考えて。

ちなみにゲストヴォーカルで、ダミアン(Damien Moyal、ON BODIES/ex-SHAI HULUD/ex-CULTURE/ex-MORNING AGAIN/ex-AS FRIENDS RUST)などはどうやって録ったんですか?

上杉 レコーディングしたベーシックトラックと歌詞を送って、録った音を返送してくださいって頼んで。ダミアンは本当に性格がキッチリしてるからすぐに返してくれました。デイブ(Dave Claibourne、ex-UNBROKEN)はある意味、ちょっと天然キャラで(笑)。風邪引いたとか言って遅れたり、送ってきたトラックにもちょっと問題があったんです。でも、山中と色々やりながら解決できて、オケと合わせたらすごく良かったんだよね。デイブにゲストヴォーカル頼めるの、僕らしかいないんじゃないかなって思うし。それに、デイブを責めれるのも僕しかいないかな(笑)。送ってきたトラックは、使えないかもしれなかったもんね。

山口(ひ) 「使えないっぽいんだよねー、ファイル破損してて」って、もう使わないくらいに言ってたじゃん。

上杉 うん。もう本当に憔悴しきっちゃって。好きで頼めて、すごい期待しててたのに。あの日にヤマちゃんと山中がいなかったら、死んでたかもしれない(笑)。ヤマちゃんが「でもこれ、いいじゃん」って言ってくれたのと、山中がうまくエディットしてくれたので。

山口(ひ) オケに合わせたらうまくいったもんね。

上杉 困難を乗り越えたよなあ。

しかし、本当ゲストヴォーカルもバラエティ豊かで面白いですよね。

上杉 やり過ぎたかなってくらい。

山口(ひ) 結構多いよね。でも、今までやってなかったからさ。

ENDZWECKの人望が出ているというか、バンドのスタンスが出ているというか。

上杉 ゲストヴォーカルじゃないけど、ヤマちゃんに歌入れてもらった「Compassion And Conviction」のパートが本当に当たりだなと思って。根本的にヤマちゃんの声が好きで、今回の曲では絶対ハマるだろうなって予想してた。やっぱりハマったよね。

山口(ひ)  結構長く俺の声入ってるよね。

上杉 コーラスじゃなくて、ヤマちゃんの声をピンで使いたいっていうのがあって。

オケもバラエティ豊かなんですけど、いろんな人の声も入ってくるので、アルバム通していろんな顔が出てきますよね。

上杉 ゲスト入れてみて、勉強になったよ。あ、みんなこんな違うんだって。

山口(よ) 僕としては、最初はそんなに変わんないんじゃないかなと思ってたの。ゲストヴォーカル入れても、特に変わり映えしないんじゃないかなって思ってたんだけど、各人に個性があって全然違った。

ゲストの方々が個性的過ぎるっていうのはあるかもしれませんね。

望月 とにかく、全員いいよね。

全員に違った色があります。「Curse」でKengo(FOR A REASON/AS WE LET GO)さんの声が出てきた時は、Kid Dynamiteみたいでしたし(笑)。

山口(よ) で、渋井くん(16REASONS)も出てきてね。

Kobaさん(LOYAL TO THE GRAVE)の声なんかも個性的ですごいなと。

上杉 Kobaくんは、速い曲でどうしても使いたくて。

山口(ひ) ダミアンとかも感動だよね。あの歌い方まんまだしね。

山口(よ) もう完全に”ダミアン”って感じるもんね。

望月 モアイ君、多分完コピできる(笑)。

上杉 ダミアンをゲストヴォーカルで使えるのは、SHAI HULUDか僕らくらいだよね。

 そのつながりも僕らがカバーしたからはじまって。

上杉 CULTUREが来た時に、僕らがAs Friends Rustカバーしてるから、その曲をやったんです。そしたらダミアンがシンガロングしてくれたんだよね。震えた。次の年にAs Friends Rust呼んで、その時にアルバムを録ろうと思っているっていう話をして。

山口(ひ) 同い年なんだよね。

上杉 キャリアとしては向こうの方が先輩だけどね。彼らは高校生くらいからやってるから。

いままで好きだったバンドとか、やってきたことの積み重ねが今作なんですね。

上杉 例えば、Kenzoくん(Kenzo Nakase、kamomekamome/ex-SWITCH STYLE)がヴォーカルやってくれた時なんか、「うわー、SWITCH STYLEだ~!」とか思ったしね(笑)。

やっぱりSWITCH STYLEはENDZWECKにとっての憧れなんですか?

望月 そうそう。だって、大学でコピーしてたもん。

そういう意味ではものすごく嬉しいことですね。今回はどうやってお願いしたんですか?

上杉 kamomekamomeでKenzoくんがツアーに出れない時、僕が代わりに彼のパートを歌うっていう話がライブ前日に決まったことがあって、「じゃあ、その代わりにゲストヴォーカルを…」って(笑)。

交換条件(笑)。

山口(よ) それも2011年くらいだよね。

じゃあ4年間かけて下地を作ってたんですね。

山口(よ) 外堀を埋めてね。

上杉 特にゲストヴォーカルはね。

個人的にはTOMMYさん(ABSOLUTION/ex-FC FIVE)と上杉さんが一緒に入ってるとか、ヤバイんですよ。否応無しにアガるんですよ。

山口(よ) TOMMYくんのヴォーカルはカッコいいね。

憧れたバンドの二人の掛け合いなんか、僕からすれば夢ですからね。

山口(よ) FC FIVEの最後、一緒にできなかったですからね。でも、最近またバンドをやりはじめてるからタイミングもいいなって思って。

あなたはりっぱな人柄です-自分のことは自分の判断だけをたよりになさい ----第一部 診断資料 1917年~1919年

アルバムの最後の3曲「The World Seems To Be…」、「This Is The World」、「Before The World Ends」は”World”攻めですね。これはやはり関連づいているのでしょうか?

上杉 そうですね。関連はあります。”人が世界をどう見るかがその人自身を形作る”と僕は思っていて、それをどう扱うかっていうのがその3曲に入ってて。

解説をお願いしてもいいですか?

上杉 「The World Seems To Be…」っていう曲は、僕の意思として、人種差別や性差別はなくしていかなきゃいけないと思っていて。歴史を大きくみれば人類も同様にそういう意思をもっているし、少しずつではあるけれども解決していってると思うんです。しかしまだぜんぜん解決できていないし、僕たちの心の中には相変わらず偏見が残っている。偏見がない人間なんていないでしょ?「私には完全に偏見がない」なんて言える人は嘘つきだ。僕たち人間の中には強く偏見が根付いている。たとえそれをなくしていきたいと願っていたとしてもね。では、それをどう評価するか。「こんなクソみたいな世界、こんなクソみたいな人間」って言って終わるのか、それとも「僕たちはこれまで努力してきたし、そして成し遂げてきたこともあるし、これからも解決に向かって努力していくんだ」って意思を持って進むのか。僕は後者が重要だと思っているんですけど、そんな世界の見方を3曲中の最初に置いたんです。

なるほど。

上杉 次は「This Is The World」なんですけど、皮肉屋について歌ってます。「世界がバカばかりだ」と思ってる人がいるじゃないですか。それって、自分を檻に閉じ込めることだと思っていて。誰からでも学べることはあるはずだし、選民意識をもった人ほど愚かな人はいないでしょう? 「The World Seems To Be…」と同じようなことを言っているんですけど、視点がその人の内面に向かったというか。世界が黒くしか見えないのは君次第だっていうことですね。ここが地獄とかそういう場所ではなくて、世界は君の意識の反映でしかない。見方を変えることで君自身を一歩前に進めるはずだってことが言いたい。

そして最後に。

上杉 あ、最後まで言わないとなんですね(笑)。まあ大体同じこと言ってるんだけど「Before the world ends」は今のことを言ってて、あくまで”Before”であり、”until”ではないんですよ。「世界が終わる前」って「今」という意味で使っていて、僕らが、今を生きることに意味があるってことを歌っています。もう僕の両親はかなりの歳で病気も持っていて、そう遠くない未来に彼らは死んでしまうんだなって思う。だけど僕やすべての生き物がやがて死んでいくじゃないですか。僕たちは生きて、こうやってバンドとして5人で活動したり、結婚して子供を作ったりする。そうやって紡いだ糸はこれからも紡いでいかれるだろうし、それは連続する「今」が続く限り紡がれるのかなって。例えば、今僕は子供はいないんだけれど、よっしーくんの子供が、「あの時上杉さんっていう人が話してくれて…」とかなると信じてるし(笑)。

山口(よ) うん(笑)。

一同 (笑)。

上杉 だから、世界から逃げたり悲観するんじゃなくて、自分の意思で良い世界を創っていこうという、意思の歌です。

タイトル曲がインストである理由はあるんですか?

上杉 これはもう、恒例行事ですね。

一同(笑)。

なるほど。恒例行事(笑)。

山口(ひ) でも、B面に変わるイメージでここに入れたんじゃなかったっけ。

上杉 もちろんそれはある。ただ、タイトルとの関連はあまり考えてないかな。流れ的にここに入ればいいなっていうイメージがあっただけで。

山口(よ) 実は、今回のアルバムタイトル『tender is the night』ってのが最初に決まってたんですよ。

そうなんですか!

山口(よ) 僕らのアルバムタイトルって、今までも英米文学の小説名から取ってて。それは僕が大学の頃に英米文学を学んでたからなんだけど。『tender is the night』はフィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald)の『夜はやさし』の原題なんだよね。で、フィッツジェラルドはその小説を出版する前に短編集を3つ出してて。その短編集のタイトルが、年代順に『Flappers and Philosophers』、『Tales Of The Jazz Age』、『All The Sad Young Men』。7inchのタイトルがこれになってるの。

そんな仕掛けがあったんですね…。

山口(よ) だから、今回のアルバム名は2012年には決まってたんだよね。『tender is the night』というアルバムに行き着くために、短編集と同じタイトルの7inchを作ったんです。普通のアルバム出すより、それはそれは大変な作業だったけどね(笑)。

才気のあるやつはいつもぎりぎりのところまでやるんだ。そうせずにはいられないから ----第三部 不慮の災厄 1925年

ジャケットデザイナーのDemiさんというのはどなたなんでしょうか?

上杉 デミさんはSTATE CRAFTとかのライブに来てた人で、実は最近まであまり交流がなかったんですけど、仕事のつながりもできて。会わなかった間に知らないところでmonoのジャケットとか、envyのTシャツとかやってるのを知って、いいデザインだったから、今度お願いしますって話してて。

仕事のつながりなんですか。

上杉 そう、主にWEBデザインなんですけど。

昔のつながりが仕事を介してもう一度重なったんですね。PVを撮影するのはKyohei Tsuchiyaさんとのことですが。

望月 Kyoheiは最近、MalegoatのDVD出したりとかしてるね。

山口(よ) よくライブで撮ってるなと思って。bachoも撮ってるし。

望月 Zのドキュメンタリーも撮ってるんだけど、僕らも割と知ってて結構昔からライブに来て撮ってくれたりしてるのね。Portrait of Pastの時のとかも撮ってくれたし。

なるほど。もう1人のPV監督Sei Murataくん(DEATHCOUNT)もそういう昔からのつながりですかね?

望月 彼はnervous light of sundayの震災の時の曲がきっかけかな。ずっと字幕出てたやつ。すごいなと思って。そういうのを仕事でやってるってのも聞いて。

山口(よ) まあ、もともとDEATHCOUNT知ってたしね。バケツ被って、ゴミ箱被ってたなって(笑)。

望月 それで話してみたら「やりたい」って言ってくれて。

山口(よ) 実は明日PV撮影なんだよね。

おお、そうなんですか。それはリリースのタイミングで公開ですか?

望月 うん。「Before The World Ends」はもう撮り終わってて、今編集をやってます。

ライブ映像じゃないENDZWECKのMVって初めてじゃないですか?

望月 そうだね。それも初だね。今まではライブのいいとこ取りみたいな感じだったし。

山口(よ) 「Knowledge」とか「Sound of the military boots」みたいな。

上杉 僕ら、アー写も撮らなかったし、PVも撮らなかったし、完全にフォーマットを無視してきたから。

山口(よ) いろんな写真がアー写になってたからね。

今回はアー写も撮ったんですか?

山口(よ) 撮ったよ。WYPAX PHOTOGRAPHYにお願いして。

上杉 アー写に強いこだわりがあったわけじゃないけど、撮ることに若干の抵抗みたいなものも感じるし、どうなんだろうって思ったけど、あった方が便利だし。

山口(よ) ライブとかでも頼まれるんだよね。アー写くださいって。で、毎回ライブの写真をぱっと渡したりしてて。だからあった方がいいかなって。

語弊があるかもしれないですけど、バンド結成18年目にして1stアルバムチックな印象がありますね(笑)。

全員 (笑)。

望月 でも、本当に初めての試みは多いよね。

他のバンドがやってる、アルバムリリース時にアー写撮るとか、プリプロしてみるとか、ゲストヴォーカルを呼ぶとか。

山口(ひ) それが嫌だったわけではないけど、選択がなかったんだよね。もともと。

意識して拒絶していたわけではなく、自然とやらなかったものが、今回のタイミングでこれまた自然にアイデアとして出てきたというか。

上杉 僕はとにかく新しいことを詰め込みたかったっていうのはあるけどね。

山口(よ) 前に出した7inchも、レコーディングはこれまでと違うところでやってみようってことで、河原くんのところ(STUDIO CERTES)にしたり。それで今回は、山中にお願いして。チャレンジしてるよね、ここに来て。

山口(ひ) 当たり前になっちゃってたんですよね。”レコーディングしよう=上尾SOUND CREW”みたいな。そんな流れを変えたかったところはあるかな。

ある意味、視野が広がったというか。

上杉 2014年にFACTがやった幕張メッセのイベントに出たんですよ。その現場にはビジネスとして音楽に関わっている人もいて、チームとしてバンドをやっているところがすごく勉強になった。だからなるべくライブのPAとかもバンドからお願いするようにしたり、チームっていうものをちゃんと作って、自分たちの音楽をやっていこうかなって思っていますね。

外からの刺激でそういう意識に変わっていったっていうことですか?

上杉 うん。ENDZWECKは宇宙さんが器用だからっていうのもあるけど、大体バンドで自己完結できるんですよ。レーベルもそうだし、ジャケットもアイデアがあれば形にできるし、曲も作るし、僕がプリプロレベルだったら録れちゃうし。だけど敢えて他の人に信頼ベースでお願いして、みんなでチームとしてできるっていうところを目指したいですね。自分たちだけでやるより良いものを作れる可能性もあるし、結果として専門家と組んだ方が学びも多いし。もちろん、メンバー5人が核を作ってそこから発信できるスタンスでいきたいから、お願いするのは知っている人ばかりだし、ちゃんとつながりのある人で”ネットワークオブフレンズ”みたいな形でやりたいと思うようになりましたね。

その”チームにする”ということを考えると、信頼っていうのが一番重要なんでしょうか? 例えば、「この人とかレーベルにお願いしたらもっと売れる」とかも、一つの見方としてあると思うんですよ。そこはあまり考えないんですか?

山口(よ) 例えば、WYPAXにアー写を撮ってもらったでしょ。彼の写真はメンバーみんな好きだし、好きならメンバー全員が納得したものを出してもらえるからね。Kyoheiくんも撮ったPVを見てるから、それも信頼感があるし。

上杉 結局、信頼しているから任せるよっていうことを山中にも、ジャックにも言ったし。自分がやりたいことをわかってもらえるから、安心して任せられるし、気持ち良いってことですね。売れる売れないじゃなくて、やりたいことをやりたいんですよ。

日焼けのせいだかはわかりませんが、どうして昨日はいらっしゃらなかったんです? ぼくたち心配しましたよ。 ----第二部 ローズマリーの視角 1919年~1925年

アルバムのリリース後は、海外のライブも考えているんでしょうか?

望月 今、組んでるよ。

上杉 次はもうちゃんとしよう、お金とか。

山口(よ) 前に行ったマレーシアで、お金がもらえなかったりとか。

山口(ひ) もらえるっていう話で行ってるんですけどね。

上杉 あれはね、僕がしくった。

山口(よ) ツアーバンが80°の椅子だったりね。直角じゃなくて、80°って前傾姿勢だからね(笑)。

望月 自分は基本的に結構劣悪な環境に耐えられるほうなんだけど、あれは唯一ダメだったなー。

山口(ひ) マレーシア2日目のライブがちょっと離れた島で。レーベルのオーナーがついてこなくて、下っ端みたいなのに案内してもらったんだけど、泊まったところもボロい安宿みたいなところだったんだよね。夜中にメンバーみんなで散歩してたら、その下っ端みたいな奴らが高級ホテルの庭でパーティーみたいなのしてて(笑)。

山口(よ) 楽しげな音楽が聴こえてきて。おそらくものすごい高級ホテルだから、ガーデンでギター演奏してたりね。音に誘われて外からホテルの庭を見たら、「アレッ?」って(笑)。

山口(ひ) 案内してくれた下っ端の奴らが、その高級ホテルにいて。多分レーベルからもらったお金使って泊まってたんだよ。だって「アチャチャ!見っかっちゃった!」って顔してたもん(笑)。

山口(よ) 僕ら、メンバー5人でベッド2つとかだったもんね。

山口(ひ) だから1つ借りたんだもんね。実費で。

相当面白いエピソードですけど、基本的にみんなポジティブですよね。ENDZWECKって。

山口(よ) いいのか悪いのかわからないけど。

山口(ひ) 恨んでもしょうがないからね。ちゃんとご飯連れてってくれたのは事実だし。悪気はないんじゃないかな。悪気があったらあのお茶目な驚きの表情にはならないよ(笑)。

山口(よ) あと、TシャツとかCDの物販を、みんな「くれ!」って言ってくるんだよね。タダで。

山口(ひ) 運転してる奴に1枚Tシャツをあげたのね。「こいつは運転してくれてるからあげたんだ」って言ったら、次の日に「くれ!」って言ってた奴が運転してて(笑)。

一同 (笑)。

山口(よ) 頑張ればもらえるって思ったんだろうね(笑)。

望月 今回はちゃんとしよう(笑)。

最も屈強な番兵は、その先に何もない門に立たされる ----第三部 不慮の災厄 1925年

みなさんの個人的な活動について聞かせてもらいたいんですが、まずはヤマさんに。ヤマさんは、ヴィーガンの文化に入っていって、実践もしています。それに影響を受けたバンドの人もいると思うんですよね。いつからベジタリアンなんですか。

山口(ひ) 20歳くらいかな。その後、COMADREとかとアメリカツアーに行って、一緒に回る外国人たちのライフスタイルを見て、そういうのも日本に欲しいなと思ったんだよね。でもね、今俺はベジタリアンじゃないんだよね。魚は食べてるし、肉も食べたい期間に入ってるから。またそのうち食べたくない期間に入るだろうし。

そこは自然と気持ちに合わせてっていう感じなんですね。

山口(ひ) 俺自身はベジタリアンではないですね。ただそういうカルチャーは素晴らしいものだと思ってて。

そのカルチャーが素晴らしいと思う要因って、人によっては動物愛護の側面だったり、健康に対する側面だったりと多様ですよね。どの辺りに魅力を感じたんでしょうか?

山口(ひ) ストレートエッジの文化をクールだなって思うのと近いのかな。今まで普通だと思ってたことを、そうじゃないと感じさせるマイノリティなものを知って、じゃあなんでその人たちがマイノリティなことをやってるんだろうっていう疑問と好奇心から入っていって。その文化を勉強して調べていくうちに興味を持ちはじめて、素晴らしいなと思ったんだよね。じゃあ実践してみようって思って、今は逆にその文化を広げる側になってて。

なるほど。

山口(ひ) 今は肉を食べたい時は肉を食べるし、それでいいかなって思ってるんだよね。そういうスタンスを広めていきたいな。肉食を完全に否定するのではなくて、菜食の選択肢を広げたい。

菜食を信条としている人が生活しやすい環境づくりということでしょうか?

山口(ひ) 菜食の人が生活しやすくなればいいし、菜食じゃない人が菜食の文化を楽しみたいっていう時に簡単にチョイスできればいいかなって。だから、”菜食の人のための菜食カルチャー”じゃないと思ってる。

相手の文化を否定するわけではなく、文化の多様性の一つとして。

山口(ひ) そう。

上杉 僕らもアメリカ行くまで知らなかったもんね。BBQで菜食って衝撃だったよね。「このソーセージ、ヴィーガンだから」って言われて。

望月 あと、ツアー初日の打ち上げが中華のヴィーガンで。あれも俺は結構衝撃だった。

山口(ひ) だから、海外で一緒に周るバンドのメンバーに菜食の人たちが多かったし、必然的にそういうところ連れられて一緒に行くっていう。いい経験させてもらってるよね。

望月 ウチが日本に呼んだバンドには、大体ヴィーガンのメンバーがいるよね。

山口(ひ) COMADREもそうだし。もっと前だったらBOX THE COMPASSとかFUNERAL DINERも。そういう人たちが日本に来た時に助けたいっていう思いもあるし、そこから派生して、その文化をみんなに教えたいっていうのもあるね。

この前ヤマさんが働くお店で食べさせてもらったハンバーガーもそうなんですけど、菜食文化を知らない人からするとヴィーガンとかベジだって知らずに食べたら、「お、美味しいお肉だ」なんて思ったりしますよね。でも実は菜食だって知ると、まさに衝撃を受けます。そういう体験は、新しい経験として面白く感じられるというか、まだまだ知らない文化があるってワクワクしますよね。

山口(ひ) だから、決して押し付けるわけではなくて「これは美味しい」って思ったら、「じゃあ何でヴィーガンである必要があるんだろう」って次のステップで考えて、自分からその文化を知ってもらえたら嬉しいよね。あとは、COMADREとか一緒にツアーした人たちがヴィーガンだったけど、みんな人柄が良かったんだよ。そういう素晴らしい人柄になるベジタリアンの良さってなんだろう、と思って。

上杉 最初ベジタリアンの人が来るってなったら、ちょっと構えちゃうよね。Propagandhiとかが来日した時に「肉を食べてて怒られるんじゃないかな」って思ったけど、そういうことは全くなかったし。彼らは彼らなりに主張はあるけど、こっちがそれと違うことをしてても「ダメだ」とは言わない。

山口(ひ) とはいえ、日本のベジタリアンの人の中でも、俺は結構少数派だと思うんだよね。菜食のレストランで働いてて、どっぷりその文化に浸かっている人と話をしてると、やっぱり否定的な人も多いかな。「肉を食べることは罪だ」って。

そういう肉食を否定するような情報はやっぱり派手だから、先に聞こえてきちゃうじゃないですか。それを頭の中に持ってしまってステレオタイプになってしまう人もいると思うんですよ。

望月 実際は本当に人それぞれだよね。厳格な人もいれば、オープンな人もいて。

ヤマさんは基本的にオープンなんですね。

山口(ひ) うん、まあいろんな人がいるけどね。

排他的だった時期もあったんですか?

山口(ひ) 実際は、あったよ。”菜食こそが正しい”って思ってた時期あった。でも”菜食が絶対だ”なんて、今は思ってないから。究極までいくと、何も食べないっていう人もいるらしいし(笑)。ブレサリアンっていうらしいよ。食わないで死なないようにできる身体づくりがあるらしい。

え、何も食べないでですか?

山口(ひ) 光合成じゃない、多分(笑)。

(笑)。

山口(ひ) まあ、ハードコアのカルチャーで教えてもらったことへの恩返しじゃないけど、アンダーグラウンドで教えてもらったことを、どうオーバーグラウンドに発信できるのかっていうのが、自分の役目だと思ってるので。UNDER A DYING SUNのダンから言われたんだよ。「日本にツアーする時に食べる場所がないから、お前が作ってやってくれよ」って。それで、もうすぐその店ができるんだよね。俺が店長で。歌舞伎町の外れなんだけどさ。職安通りで、ちょうど職安の向かい辺り。ビルの一階で。「アインソフRIPPLE」ってお店です。

路面店ですか!

山口(ひ) うん、路面。バーガーとか、ブリトーとかやるかも。

楽しみですね!

山口(よ) 行こう、みんなで。

山口(ひ) 外国のバンドが来日した時のケアって、タヤさん(望月の妻)がご飯作ったりしてくれてたけど、それがないと可哀想なぐらい食べていない人がいるから。

上杉 これからオリンピックとかもあるから、そういう文化の多様性に対応できる街を作るのは、ハードコアだけじゃないレベルで進めていかなきゃならないと思うんだけど、ヤマちゃんがその一つを担っていくんだもんね。楽しみだよね。

自己の道徳律 --第二部 ローズマリーの視角 1919年~1925年

では、上杉さんに聞きたいんですが、お仕事はSEでしたっけ?

上杉 まあ、広い意味では。

さっきの話を聞いていると、やっぱりシステマチックな思考法をされていると感じたんですけど、それは意識に根付いているんですかね。

上杉 そうですね。どうやってシステム化していくか、どう仕事を回すかっていうことを考えていますね。

例えば、仕事とバンドを完全に切り分けて考える人と、仕事もバンドも全部が自分で全て延長線として考える人と大きく2つにわかれると思うんですけど、上杉さんとしてはどういう姿勢なんでしょう?

上杉 僕はべったりですね。仕事もバンドも一緒に考えることのデメリットってないと思うんですよね。むしろ2つに分けちゃうことの方がデメリットが大きいと思ってて。切り分けすぎるとメンバーに仕事のことを相談できなくなったりするじゃないですか。それに、仕事とバンドの双方から学ぶことも多い気がしてて。ツアー中の車の中で技術的な本を読むとか、みんなも仕事のことやってるし、そうやって織り交ぜていったほうがメリットは大きいと思いますね。

多分ENDZWECKをよく知っている人からすると普段何やってるか何となくわかるかもしれないですが、今回のアルバムが全国リリースされて初めて知る人もいると思います。だから、こういうハードコア・バンドをやっている人は普段何をしているのかって気になると思うんですよね。”バンドをやるなら仕事とは別にアフター5で”とか、そういう意識になっちゃう人もいるのかなと。ENDZWECKの周りの人って、案外そういう意識とは違うじゃないですか。自分の裁量で仕事している人も多くて。

上杉 なるほど、それはちゃんと伝えなきゃいけないね。正確に言うと、僕はSEっていうよりは、プログラマーという仕事をしていて、コードを書くんですね。どういう仕事をしているかっていうと、企業の受託仕事ではなくスタートアップっていって、ベンチャーで起業して3年目の会社にいます。ファウンダーとかと同じレイヤーで働いているので、9時~5時で働くっていうより、1日に最低でも12時間は働いているんじゃないかな。働かされてるんじゃなくて、意思を持って働いている。それでも時間作りながらバンドやってるから、みんなもうちょっとバンドやったらいいのになって思う。最近だと、Crystal LakeのYDとかすごいじゃないですか。彼も大きく見たら同職種で、システム関係の仕事をしつつ、それでもあれだけ精力的にバンド活動ができてるってことは、僕もまだ限界には達していないのかなと思って。バンドを発展させたいと思うだけじゃなく、会社を発展させたいとか、社会を便利にしていくことにも僕は興味をもっていて、頑張ってるって感じですね。

ありがとうございます。多様な活動方法を知って、バンドをはじめる人、続ける人が増えるといいですよね。

上杉 よく、大学生が社会人になるとバンドをやめちゃうケースがあって、それが間違いであることを証明するのが僕の仕事だとも思ってて。

山口(ひ) それも「とにかく寝ずに頑張る」じゃなくて、諦めじゃないある種の妥協みたいなのが必要で。さっき言ったスタジオ練習とかもそうだし、プライベートを充実させることも重点に置きながらバンドをやるから続けられるよね。

上杉 根性論になっちゃいけないんだよね。”うまくやる”っていうのが第一条件なので。うまくいくような環境をバンドで作ったりとか、職場で作っていく。人間が他の動物と違うのは、環境を作っていけることだと僕は思ってるんですね。そういう環境の作れる人間性の全てを用いて、みんなにはバンドをして欲しい。

山口(ひ) 「全てを投げ捨ててバンドで売れたい!」っていう人とはゴールが違うから。

上杉 コンテキストを間違えるからバンドが続かなくなるっていうのもあって。僕らみたいなアンダーグラウンドは、大体みんな働きながらバンドをやっているのは間違いないから、そういうのは楽しんでやるっていう環境を自分たちで作らなきゃいけないんだよね。あとは、ある程度大人になったら自分たちが社会にどう貢献できるかっていうのを考えながら、さらに音楽を続けていくっていうのができるといいですよね。

成功することによって彼は進歩を示し、謙虚になった。 --第四部 逃避 1925年~1929年

おっくんに対しては別のベクトルで話を聞きたいんですが、ENDZWECKに加入したのが一番最後ですよね。どちらかというと外から見てた側だったと思います。

 それこそ、僕が高校生の時はコピーしてたし。

上杉 僕らが最初に静岡に行った時にライブに来てたんだよね。

 高校生で見に行ってて。そのあと大学で東京に来てからNUCLEUSってバンドを2~3年やってたんですけどね。当時の2~3年って長く感じてたけど、今で言ったら…

望月 7inch作ってる間に終わってるよね。

 当時は平日のブッキングライブとかも大学生だからガンガンやってて、濃密だった気はするけど。

今は加入してどれくらいになるなんですか?

 11年くらいかな。いま33歳だから。ヘルプも入れるともうちょっと長いかもしれないですね。

加入前に客観的に見ていた時期があるので、他のメンバーの皆さんが変わってきたと感じることはあるんですか?

 僕が入ってすぐじゃないけど、関係性は丸くなってきたかなと。別に昔が尖っていたわけではないけど、仕事もあるし最終的にお互いを尊重するというか、その敬う気持ちの持ち方がすごく強いかな。だからバンドをやって長続きしないっていうのは、お互いのことを尊重することが欠けている人がいるからだと思って。お互いをダメ出しするとか、そういう気持ちが全くない。

山口(ひ) 自分に合わせたモノサシ的な目線で、「相手は違う」っていう言い方ではダメ出しとかしないのかもしれない。

 「こうした方がいいかもしれない」っていう言い方はするけどね。

上杉 そこはすごいバンドだと思うわ。多分、他にあんまりないんじゃないかな。お互いの悪いところを指摘しあうっていう、痛みの伴うことってあるじゃん。そういうことは、しないよね。

 そういう人間性が集まったバンドなのかもしれない。

さっきのヤマさんにしても、上杉さんにしても、他人の考えに対するリスペクトを大事にしているなと僕は思ってて、それは宇宙さんも、よっしーさんもそうだと思うんです。

山口(ひ) お互いのやろうとすることに対して応援したいっていう気持ちはあると思うかな。

上杉 僕はそこができてない人間だなと思って、ヤマちゃんから習ったところが多いかな。

元々はそういうタイプじゃなかったんですか?

上杉 結構前までは、宇宙さんと対立してたんだよね。

山口(ひ) それはあった。今はなくなってきたね。

上杉 やっぱりタイプが真逆で、さっきインタビュアーなのに10分くらい遅れてきたじゃん。もし2001年頃だったらすごい怒ってたと思う(笑)。当時、僕、時間にルーズな人まったくダメだったんですよね。

すいません!

山口(ひ) そういう要素がある人だからリーダーシップがあるっていうか。じゃなかったら完全にバンドが破綻していると思うよ。

上杉 対立している時に間を取り持ってくれたのがヤマちゃんだったり、よっしーくんだったりしたんです。昔、「今日もう僕は本当に耐えられないからやめる」って思ったことがあって。宇宙さんと合わないから。その時にヤマちゃんがちょっとしたアドバイスをくれたんだよね。その時、ヤマちゃんすごいなと思って、ライブも楽しくやれて。宇宙さんともうまくできたんだよね。その日くらいから関係は良くなったと思ってるし。それがいつなのかよくわからないんだけど。だいぶ前じゃないかな。

山口(よ) 僕が入ってすぐとかそれぐらいじゃないですか。

上杉 結局、わかったことは人の短所を見てもしょうがないと。長所を見て、評価するっていうとちょっと上からっぽくて違うかもしれないけど、認めていくと役割ができてきて、みんな自分の責任も出てくる。誰かができない間はそれをサポートするみたいなチームになってきたのなんか、本当にすごいなと思って。それはヤマちゃんから学んだかな。

山口(ひ) だからきっとこういう会社があったらうまくいくなと思うんだけど(笑)。

無意識に感じた賛嘆の心 --第二部 ローズマリーの視角 1919年~1925年

そういう環境があるっていうことは、お子さんと過ごすよっしーさんにとっても動きやすいバンドなんじゃないですか?

山口(よ) 本当にそうだよね。実は、また2人目が11月に生まれる予定なんだけど、一回僕も11月に産休を取りますって言ったの。「ライブどうするの?」みたいな話もなく、「わかった」って言ってくれて。ライブ抑えめにしたりヘルプ入れたりとか、方法を考えられるから全然負担にならないよね。ライブに娘を連れて行ってもみんなで見てくれて、早く帰っちゃう日も何も言わないでくれるし。僕はバンドの経理とか物販をやってんだけど、どうしようもないときは、「今日は娘がいるのでお願いします」って預けたら快く引き受けてくれる。本当にすごいやりやすいんだよね。長女が生まれた日もライブが入ってて、ill communicationの解散ライブの日に生まれたの。

ライブ当日だったんですね。

山口(よ) でも、すぐに判断してヘルプでやってくれて。二人目の時も、わかってくれるだろうなと思ったからすぐに報告して、「よかったね」って言ってくれる。

 僕も仕事でどうしても出れないからヘルプをお願いしたことあるけど、ヘルプを任せるのは、僕の負担よりも周りの負担の方が大きいんだよね。練習に入ってもらう必要が出るし。僕のヘルプの時は田部(nervous light of sunday)とか、赤石(toosmellrecords/PASTAFASTA/VVORLD)とか、鎌田(Cleave)とか入ってくれて、それを楽しみながらスタジオに入ってくれるんだよね。練習でわざわざ時間割いてもらっているけれど、楽しんでやってくれるから、気兼ねがないっていうか。

上杉 まあ、支え合いだよね。外の人の力を借りるのは大事だし。どうしようもないことで感情的にぶつかってもしょうがないし、じゃあどうするか前向きに考える。それが、自分たちが自分たちとして責任を取っていくっていう姿勢なんじゃないかな。よっしーくんに子供が生まれるってなった時に、「どうするんだよ」って言っても、それは感情のはけ口でしかないよね。そこじゃない。方法を考えて行動するのが建設的ですよね。

山口(ひ) 共通目標が明確にあるんだろうね。楽しめなくなったらバンドをやってる意味がなくなるのを、みんなわかってるから。

いちばんドラマティックな人間 --第五部 帰郷 1929年~1930年

最後に宇宙さん。バンドについてレーベルとして主体的に動かしていますが、他のバンドもリリースしているじゃないですか。他のバンドを見ているから自分のバンドと比較するような目線も入ってくると思うんですけど、リリースする上で違いはありますか?

望月 自分のバンドだから、やりやすいといえばやりやすいけどね。ツアー組む時にはサポートもしてくれるし。まあ大体テンパっちゃうから、みんな均等に無理してくれている部分はあるよね。ただ、他のバンドを見るとENDZWECKのいいところも見えるけど、悪いところも見えるから。そういう比較する気持ちが昔は強かったかな。人のバンドの話を聞いて、いいなと思うのがあれば、自分のバンドに持ち帰りたいみたいなのがあって、それで自分の中でまとめきれなかったっていうのが、モアイくんとぶつかっていた時期かもしれない。

上杉 いや、僕怒ってたのは時間守れないとかそういうことで(笑)。

山口(よ) でもまあ、ENDZWECKをリリースする時は、いつも「楽だ」って言いますけどね。

望月 やっぱり、やりたいことってバンドによって違うじゃん。ヘルプを許さないバンドだったら、バンドの意志みたいなものがENDZWECKとは違う時もあるし。そういう意味で、確認しないでなんとなくわかるっていうのは楽。長くやってるっていうのもあって、メンバーがレーベル運営を知ってくれているから、レーベルとしてやっていく上でも楽だよね。

山口(ひ) 実は、今回のアルバムをリリースするって時に、一回別のレーベルから出そうかって話もあったんだよね。

上杉 今回はいろんな可能性を探るっていう面で、COSMIC NOTE以外のレーベルを考えるっていうのもあるにはあって。でも、COSMIC NOTEから出そうって結論になりました。

今回この音源の情報をもらった時に、他のレーベルも考えたんだろうなってすごく感じたんですよね。でも、自然とそういう方向になったのかなって。一回違うところにいっても落ち着くべきところに落ち着いたというか。

上杉 僕がなぜその結論を出したかというと、宇宙さんもレーベルをただ漠然と運営しているわけではなくて、ちゃんと成長させるっていう意志があって、宇宙さんなりのやり方とかっていうのを見つけてきてるからなんです。だから、僕らが前回出したCOSMIC NOTEと、今のCOSMIC NOTEは違うレーベルだと捉えるべきかなって思ったんだよね。今回のアルバムリリースのチームとして、その1つにCOSMIC NOTEがあるべきだなと思って。それに、自分たちが思い描くチームとしてやるなら、COSMIC NOTEが一番やりやすいし、いざとなったらCOSMIC NOTEの中の人を100%知ってるし。

望月 俺は別のレーベルにしたい気持ちはあったけどね。COSMIC NOTEをレーベルとしてやってるって言っても、個人レベルだからやれることに限りはあるし、政治力もないし、大人パワーもないから。自分では届かない力を持ってるレーベルから出せる可能性があるなら出したいなって、いろんなレーベルにも話を聞いたよ。でも、最終的に「自分らがやりたいことを100%やりたいからCOSMIC NOTEで」ってみんなが言ってくれて。

上杉 文句も言えるしね。堂々と文句も言える。

望月 確かに100%自分たちでコントロールできるじゃん。そういう意味では一番自由がきくところではあるけど、あくまで個人レーベルだからねぇ。

山口(ひ) でも、だからこそ、こだわった形式で録れて、信頼できるチームに任せてアルバムが仕上がったんだよね。

外から事件をながめた場合の白熱した興奮、内にこもった侵すことのできないひそかな熱情。 --第三部 不慮の災厄 1925年

最後に、今後のバンドについて、どんな展望をお持ちですか?

上杉 展望とか、今のやつをリリースするっていうのしか全然考えてなかった。リリースってやっぱり大変で、つまずくところはいくつもあるし、それをどうやって前向きに解決していくかの繰り返しだし、それが今後も続いていくと思うんですよね。まあアルバムが売れてくれたらいいですね。売れなくてもみんなが聴いてくれるものになればって思ってるし、最終的にライブでお客さんが楽しんでくれて、僕らもライブを楽しめたらいいなってくらいですかね。それって結構難しいですけどね。お金的な問題もバンドだからあるし、経済的な問題は無視はできないんだけど、比較的うまくいくんじゃないかな。

山口(ひ) 展望っていうか希望だけど、フジロックに、出たいよね。

上杉 もはや笑い話なんですけど、フジロックにREFUSEDが出る年にどうしても一緒にやりたくて、結成15年目でROOKIE A GO-GOに応募したんです。無理でしたね。15年目だし(笑)。

望月 でも、bachoも10何年目で出てるんだよね。

上杉 このアンダーグラウンドな音楽界隈をもう1ランク上にあげたいと思ってて。例えば、僕らがフジロックに出たりとか、大きめのフェスに出られれば、そういうチャンスが無理じゃないって思えるじゃないですか。まあ、他のバンドでもいいのかもしれないけど。そうすれば、ハードコアの文化がちょっとでも表に出てくるんじゃないかなっていう希望はあって。フジロックに出られれば話題にはなると思うし、経験としてはいいものになると思うから。フジロックだけではないですけどね、ターゲットは。自分たちの能力を高めないといけないと思うし。でも、とりあえずフジロックは出てみたいな。

 7inchリリース3部作みたいなのが好きだったから、またそういうのも入れていきたいなって思うけど。

上杉 7inchってカッコいいし、いいなと思うんだけど、あれ伝わらないね。「ENDZWECKまだやってたの?」って言われるようになっちゃった。あんなにやってたのに(笑)。だからこうやってアルバムを出すっていうことをやらないと。スチャダラパーも言ってたよ。同じように7inch出してたらしいんだけど、全然広まらなかったって。

難しいんですかね、メディアとして。

上杉 小さいリリースだと、シーンの中の人は存在感をわかっているけど、やっぱり外にアピールできないんだろうね。

望月 お店に並ばないのが大きいんだろうね。7inchだと、手売りとかディストロとかライブ会場とか、そういうのがメインになるし。

上杉 他のジャンルがいっぱいある中で、自分たちのジャンルはマイノリティなぶん後輩を背負うって意識もあるし、そこで僕らがどう動いて、どうやって出していくかっていうのは考えてますね。

後輩を背負っているっていう感覚は強いんですね。

上杉 周りのバンドほぼ全員が後輩みたいなところあるじゃないですか。彼らが今より活動しやすい環境っていうのが重要で、作っていければいいなと思ってますよ。ハードコアは怖い人たちがやるものだっていうパブリックイメージをもうちょっと払拭をしないといけないだろうし、こういうジャンルがあることってことを知ってほしい。さっきのベジタリアンの話もそういう意味ではつながるよね。

望月 思ったよりベテランになっちゃったよね。意識よりも歳だね。若い人よりも経験もライブ本数も多いし得たものもあって、それはヤマちゃんとかの料理もそうだし、俺のレーベルもそう。それを、なんらかの形で還元といったら大袈裟だけど、なんとなく話したりとか、伝えたりとか、橋渡しとかできたらいいな。

上杉 いずれにしても偉そうな先輩だけにはなりたくないよね。

望月 老害になってないか心配だけどね。

上杉 後進に道筋をつけてあげるくらいのことができればいいかなと思いますね。

ありがとうございます。アルバム発売に期待しつつ、来年のフジロックも期待しています。

上杉 土下座ぐらいだったらすぐします。

一同 (笑)。

上杉 土下座で出られるんだったらしますよ。お金で解決できるなら多少だったら出しますよ(笑)。それで僕たちがライブやって、お金以上のインパクト残せるんだったら、やるべきだと思うし。

望月 ルーキーって出られないのかな。

山口(よ) REFUSEDの時、「ENDZWECKが送ってきた!」っていう話が裏で出たとか出なかったとか。

山口(ひ) ただ、ルーキーの人が出る場所を取っちゃうっていうのもよくないよね。

山口(よ) そうだね。でもその時はREFUSEDが出たし、そこは好きな気持ちでね。

上杉 それこそ老害だよね。

山口(よ) だからちゃんと頑張ろう。

じゃあWHITE STAGEで。

山口(ひ) GREENがメインで、WHITEが二番目? REDでいいんじゃない。屋根のあるところ。

望月 俺、まだ門くぐったことないんですよ。

山口(ひ) それかサーカス小屋でもいいんじゃない?

上杉 違うジャンルの人たちに見てもらって楽しんでもらえて、シーンの底上げになるならそれもいいよね。今まで会ったこともない新しい人に新しい音楽を自分らで紹介できるなんて、この上ない喜びだと思うよ!

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【出典】
『夜はやさし(上)』フィッツジェラルド著 谷口陸男訳 角川グループパブリッシング
『夜はやさし(下)』フィッツジェラルド著 谷口陸男訳 角川グループパブリッシング

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